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東京高等裁判所 昭和24年(ネ)755号 判決

控訴代理人は「原判決を取り消す。原判決添付物件目録第一に記載する土地九筆が控訴人の所有なることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を、被控訴代理人は控訴棄却の判決を各求めた。

当事者双方の事実上の供述は、当審において左のとおり補述した外原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

控訴代理人の主張

控訴人は昭和十四年一月十日長男敬一郎外親戚四名立会の下に控訴人の次男である訴外矢口宏志に対し、原判決添付目録記載第二及び第三の田畑十一筆合計一町四畝十四歩を贈与した。これは同人が昭和十七年徴兵適齢に達すると同時に控訴人家より分家せしめる準備として予め同人に贈与し、その旨の契約書を作成しておいたのであつて、右贈与と共にこれが所有権は宏志に移転したのである。爾来同人は控訴人と世帯を別にし、受贈の土地を耕作して独立の生計を営んでいたが、昭和十七年一月十日今次大東亜戦争に応召した為め、自然右登記手続の実行を延期するの止むなきに至つた。而して同人の出征不在中は控訴人において代つて該土地を管理し、一部は他に小作させたが、これについては自己の小作台帳と区別した宏志名義の小作台帳を作成して、小作料収納等に関する事項を記載しておいたのである。然るところ、右宏志は昭和二十一年一月十日復員帰還したので、翌二月二十一日正式に分家届出を為し、小作人より順次小作地を返還させて自ら耕作に当つて来たのである。それ故宏志は昭和二十一年度及び同二十二年度において会染村役場より自作農として米の供出割当を受け、昭和二十二年臨時農業センサス票にも田畑合計六反八畝歩の所有者として塔載され、又昭和二十一、二年度を通じ独立世帯として県民税及び村民税の賦課を受けてこれを納付した。かような次第であるから、会染村農地委員会としても、宏志が前記十一筆の農地を分家財産として控訴人より贈与を受け、自らこれを耕作する自作農であることは十分にこれを承知しながら、小作人等と共謀の上偶々該土地が登記簿上依然控訴人名義のまゝに残されていたのを奇貨とし、その地積を控訴人所有農地の面積に算入して、本来控訴人より買収しうべからざる農地を保有限度超過の故を以て曲げてこれを買収せんことを企てたのである。当時控訴人所有農地の総面積は二町七反三畝歩余であつて、長野県における自小作地保有限度二町七反歩を超過すること僅に三畝歩余に過ぎないのに拘らず、会染村農地委員会当局者は農地買収の形式を藉りて控訴人の所有地を剥奪せんとの不法な目的の下に、右宏志の受贈地一町四畝十四歩を殊更ら控訴人の所有地とみなして、原判決添付目録第一及び第二記載の土地に対する買収計画を樹立し、又長野県知事は該計画に基き昭和二十三年七月三日付令書を以て買収処分を為し、同月二十五日該令書を控訴人に送付した。かように本件農地買収処分は畢竟国の機関たる会染村農地委員会当局者の甚しき職権濫用行為に基因するものであるから、憲法第十二条にも違反し、敢て行政訴訟によつて取り消すまでもなく法律上当然に無効であり、該処分によつては控訴人は前記目録第一の土地九筆につきその所有権を喪失すべき謂れはない。更に飜つて思うに、憲法第十四条に照せば、等しく日本国民たる限り、地主であると小作人であるとを問わず法の下には平等であるべく、社会的経済的その他あらゆる関係においてこれが差別的取扱をすることは許されないのに拘らず、今次農地改革における農地の買収処分たるや、一方地主の側よりは実価の数十分の一程度にすぎざる殆ど無償に等しい名目的対価を以て強制的に農地の所有権を剥奪しながら、他方無償同様の価格でこれを小作人に売り渡さんとするのであるから、とりも直さず地主と小作人との間に社会的経済的に不当なる差別扱を為すものであつて、かゝる買収処分は明かに前記憲法の規定に違反し無効であるのみならず、右買収は何等正当なる補償を伴うことなく、単に政府が一方的に定めた社会常識上殆ど無償同様としか思われぬ価格を以て恣に国民の所有権を徴収する点において憲法第二十九条に違反する財産権の侵害であつて、そもそもかゝる買収手続を規定した農地改革法令それ自体からして無効である。よつて控訴人は被控訴人に対し本件農地買収処分によつては控訴人の農地所有権は消滅せず、今なおこれが控訴人に属することの確認を求める次第である。

被控訴代理人の主張

控訴人の主張する農地贈与の事実は否認する。本件農地買収処分は凡て憲法の規定に適合する正当な手続によつて行われたものであつて、その間国の下部機構たる農地委員会当局者に何等職権濫用と目さるべき行為はない。当審においては民法第百七十七条に関する抗弁は撤回する。然しながら仮りに控訴人と訴外矢口宏志との間に控訴人主張の如き贈与契約が為され、これにより当該農地の所有権が実質上宏志に移転したものとしても、本件各農地が登記簿上の所有者たる控訴人に帰属するものとの認定の下に、その保有限度を算出して為された買収処分が既に適法に確定した以上、偶々その算定の基礎に過誤があつたからとて、該処分が当然に無効に帰すべき理由はなく控訴人の本訴請求は到底失当であると述べた(立証省略)。

三、理  由

原判決添付目録第一ないし第三記載の各農地がいずれも登記簿上控訴人の所有名義に属し、被控訴人の行政機関たる長野県知事において同県北安曇郡会染村農地委員会の樹てた買収計画に基き、右第一第二記載の土地十二筆につき昭和二十三年七月三日付買収令書を以て買収処分を為し、該令書が同月二十五日控訴人に送達されたところ、控訴人よりこれに対する行政訴訟を提起せずして該処分が確定したことは本件当事者間に争がない。而して控訴人が先づ以て本件農地買収処分を無効であると主張する主たる論拠は、元控訴人の所有に属した原判決添付目録第二及び第三記載の土地十一筆合計一町四畝十四歩は、控訴人において昭和十四年一月十日次男矢口宏志に贈与し、宏志が徴兵適齢に達して分家する際所有権移転登記手続を為す約旨であつたが、その所有権は登記を俟たず贈与と共に既に宏志に移転したところ、会染村農地委員会当局者は右の事情を熟知しながら小作人等と共謀の上、不法にも農地買収の形式を藉りて控訴人所有地を侵奪せんことを企て、ことさら受贈土地を控訴人の所有農地反別に加算して保有限度超過面積を算出した上、前記目録第一記載の本件土地に対する買収計画を樹てたのであり、本件買収処分はかゝる職権濫用による買収計画に基き発せられたのであるから、当然に無効であるというのである。

よつて審按するに、甲第四十四号証及び控訴人がその副本なりと称する同第二号証は控訴人より次男宏志に宛てた譲与契約書と題する書面であつて、これには昭和十四年一月十日控訴人宅に長男敬一郎、親戚松沢喜一、和田政市、小林恒衛、矢口一男等参集して控訴人と相談の結果、控訴人より宏志を将来分家別居せしめる為め前掲目録第二及び第三の土地十一筆を贈与することに決定し、同人が昭和十七年適齢に達した時直ちに登記手続を完了することを契約した旨の記載と末尾に控訴人及び立会人等一同の署名調印が見られ、又成立に争のない甲第三十三号証(証人松沢喜一、矢口一男各尋問調書)第四十八号証の二、三(証人和田[多農]禧、松沢喜一各尋問調書の記載、原審証人矢口敬一郎、小林恒衛の各証言及び当審における控訴本人尋問の結果(第一回)は凡て控訴人の主張に吻合し、これ等によれば右贈与に関する控訴人の主張事実を是認しうるが如くである。然しながら原審証人木藤厚子は、控訴人の推定家督相続人たる長男敬一郎の妻として当時控訴人宅に同棲していたのであるから、若しもさような事実があれば当然これを承知していなければならぬ立場にある者であるに拘らず、控訴人が宏志に土地を贈与する為め親戚を集めて協議した事実なく、曾て何人からも右贈与に関することを聞知したことがない旨確言しており、又控訴人が当時未だ十八才にすぎざる(成立に争のない甲第二十三号証参照)次男宏志に対し右贈与の約定を為すことを決意するに至つたとする事情も極めて瞹眛である。即ち控訴人は昭和十二年頃長男敬一郎の嫁として木藤厚子を迎えたが、その結婚後間もなく控訴人と厚子と不仲となつた結果、自然宏志と敬一郎との間も円満を欠くに至つたことこそ、宏志に控訴人所有不動産の一部を譲与した原因であると主張するのであるが(昭和二十四年八月十八日付控訴人提出準備書面参照)、原審証人矢口敬一郎、木藤厚子等の証言によれば、昭和十四年頃矢口家は一家円満で敬一郎と宏志の兄弟仲違若しくは感情の疎隔等更になかつたことが明かであるから、右主張は全く事実に反するものというべきである。この点につき控訴本人は当審の当事者本人尋問において「私が宏志に土地を贈与したのは同人が幼時耳を病んで聾となつた為め、外の子供には中等教育を受けさせたが、同人には教育できず、土地を与えて将来分家の上農として独立させるつもりであつたからです。」と供述している。だが若しそれならば宏志が昭和二十一年一月十日復員し翌二月二十一日分家届までしたに拘らず(前記甲第二十三号証参照)、何が故に親子の間で殊更らに親戚を参集し協議の上、証書を作成し連印してまで確約したと称する贈与契約の趣旨に反して、分家届と同時に該土地の所有権移転登記手続をしなかつたのであるか、これ亦諒解に苦しまざるを得ない。当時と雖も、未だ農地所有権の移動につき何等統制規定の設けられてなかつた昭和十四年中の贈与により、実体上所有権が既に有効に移転したことを原因とする農地の所有権移転登記をするについては、法令上別段の障碍なく、又事実控訴人が登記の申請をしたのに拘らずその受理を拒否されて果さなかつたというような形跡も全然見受けられないのである。これを要するに、以上の諸点を併せ考えれば本件贈与成立の証拠として控訴人の援用する前掲各証拠は何れもたやすく措信することはできない。而して原審証人木藤厚子、矢口金作の各証言によれば、矢口宏志が控訴人の主張するように、その応召前既に控訴人と家計を別にし、受贈の土地を耕作して姉とめ子と共に独立して世帯を構えていたような事実の存しないことが認められ、甲第五号証第十七号証第十八、九号証の各一、二は何れも片瀬治信、矢口金作、矢口綾太等より矢口宏志代理人矢口半次宛の小作証書及び同人等作成の返地証明書であるが、これ等は凡て控訴人の小作人である右治信、金作、綾太が控訴人の要求により、宏志より小作し宏志に返地した旨を記載した書面に真意に反して調印し控訴人に交付したにすぎないものであることは、成立に争のない甲第三十二号証(証人片瀬治信尋問調書)原審証人矢口金作、矢口宏佳の各証言によりこれを窺うことができる。控訴人が宏志出征中同人に贈与した農地を宏志に代つて管理し、小作料収納に関する事項を記載する為め作成したと主張する甲第四十五号証(昭和十七年二月新調下作預之帳)もこれが実際その当時作成され且つその記載が事実に合致するものであることは、当裁判所の採用せざる当審における控訴本人尋問の結果(第一回)を措いては、到底これを確認し難く、又会染村役場において宏志帰還後昭和二十一年大蔵省発行の個人金融通帳(甲第四号証)及び同年十月より昭和二十一年三月に至る醤油購券(甲第三号証)を同人に交付した事実、会染村役場が昭和二十一、二年度において矢口宏志に対し米の供出割当を行い(甲第六号証第五十七号証の一ないし六第五十八号証の一、二第六十一号証第六十四号証の一、二)、同人をその申告に基き田畑合計六反八畝の所有者として臨時農業センサス票(甲第六十三号証の一、二)に塔載した事実、宏志が昭和二十一、二年度において別世帯として県民税村民税の賦課を受けこれを納付した事実(甲第七号証)、宏志が昭和二十三年十一月三十日施行の会染村農業調整委員選挙につき選挙権を有し(甲第二十九号証の一、二、三)、同年度の部落土木費及び耕地費を賦課され(原審証人矢口近門の証言)、昭和二十四年一月宏志名義を以て祭典警備費等を支払つたことのある事実(甲第三十号証)は認められるけれども、単にこれ等外形的事実があるからとて、必ずしも控訴人と宏志との間に真実控訴人主張の如き贈与契約がなされ、これにより農地所有権が宏志に移転したものと断定するには足りない。その他控訴人の挙げる凡ての証拠資料によるもかゝる主張事実を確認するに由なきところである。然かもなお、成立に争のない乙第八、九号証に徴すれば係争土地の中六四八四番田一反三畝二十八歩、四二六九番田一反三畝五歩、四一八六番田九畝一歩につき控訴人は昭和二十二年十一月十四日及び同二十三年六月二十二日の両日に会染村農地委員会に対しいずれもこれが控訴人の所有地であることを前提として(四二六九番及び四一八六番の二筆は宏志の小作地であつたが応召の為め一時矢口綾太に預け、帰還と同時に宏志が耕作していると主張)、買収計画に対する異議の申立をしたことが認められ、一方成立に争いない乙第五号証によれば宏志は昭和二十三年六月二十二日附で同委員会に宛て前記三筆の土地及び四一八七番田八畝十一歩は自己耕作中につき、これを政府が買上げ売渡す節は自分に売り渡されたい旨の買受申込書を提出したことが明かであるから、この事実に照せば該土地が控訴人より宏志に譲渡されたものでなく、その所有権自体は依然として当時控訴人に属していたこと従つて控訴人主張の贈与契約の存しなかつたことを看取することができるのである。然らば原判決添付目録第二及び第三記載の土地十一筆が控訴人の所有に属せずして訴外矢口宏志の所有地であるに拘らず、本件買収処分はこれを控訴人所有農地に加算して不法にその保有限度超過面積を算出して為されたものであるとの控訴人の主張は採用し難い。

仮りに右目録第二及び第三記載の土地が控訴人の主張するように控訴人より真実矢口宏志に贈与され、既に同人の所有に帰していたものとしても、これにつき所有権移転登記を経由しなかつた関係上、会染村農地委員会が該農地を登記簿上の名義人たる控訴人の所有に属するものと認定し、長野県における自小作地保有限度超過を理由として為した買収計画に基く本件買収処分は保有限度超過面積の算定を誤つた点において取消しうべきものではあつても、当初より全然処分本来の効果を発生するに由なき絶対無効のものとはいい難いので、一旦これが行政処分として確定した以上は最早何人もその効力を争うことは許されない。而して同村農地委員会当局者が前掲農地の実際の所有者が矢口宏志であつて控訴人でないことを知悉しながら、小作人等と結託して職権を濫用し、農地買収の形式を藉りて控訴人の所有権を剥奪せんことを企て、本件買収処分の基礎たる買収計画を樹立するに至つたというが如きは、控訴人の挙げる一切の証拠を検討するも、到底その事実を認定するに足りないのである。

控訴人は更に憲法第十四条第二十九条を援いて、農地改革に関する法令並にこれに基く農地の買収処分は、地主と小作人との間に経済的社会的関係において不当な差別扱を為し、且つ農地所有権の徴収に対し単なる名目的対価のみを与え正当な補償を伴わない点において憲法に違反し無効であると論難する。然しながら、今次農地改革事業の根幹を為す自作農創設特別措置法は、敗戦の結果ポツダム宣言を受諾して連合国最高司令官の管理の下に置かれた日本国政府に対し、同最高司令官が占領政策の一環たる農村民主化の目的の為め耕地の適正分配等政府の講ずべき具体的措置を指令した覚書の趣旨に基いて制定されたものであつて、その指令を実施に移す法的措置がいわゆるポツダム命令によらず一般法律の形式を借りて為されたことにより、これが連合国の日本管理法令たる性格を有することに変りないので、自作農創設特別措置法は本来憲法によつてその効力を制約さるべきものでなく、同法並に同法の規定に従つて為された農地買収処分を一々憲法の条項に対比し、その効力の有無を検討するが如きは当時許されぬところであつた。而して我国が平和条約の発効と共に独立主権を回復した後と雖も、特別の立法措置を施さない限り、占領治下における日本管理の為めの法令に基いて執行された農地改革における個個の処分の既成の効果まで当然に消滅すべきいわれはないので、憲法の条項に拘りなく現にその効力を保持するものと解すべく、従つて本件買収処分が違憲無効であるとの控訴人の主張は固より認容の限りでない。

以上説明のとおり、控訴人の本件農地買収処分が無効であるとの主張は凡て理由なく、本訴請求は失当として排斥すべきであるから、右と同一趣旨に出た原判決は相当である。よつて控訴を棄却すべきものとし、民事訴訟法第三百八十四条第八十九条第九十五条に則り主文の如く判決する。

(裁判官 薄根正男 岡崎隆 奥野利一)

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